「家族信託」について知りたい 

被相続人の高齢化に伴い「自分で判断する」ことが難しくなり金融資産や不動産が動かせなくなってしまうと、いざというときに現金化できずに被相続人自身の入院費や治療費すら工面できなくなってしまします。今回はそんな事態を回避するのに有効な手段「家族信託」についてご紹介します。

相続で悩む人

今は両親も元気でしっかりしているけど、やっぱり健康や認知症が心配。今のうちにやっておける対策ってあるのかしら。

相続で悩む人

最近「家族信託」って言葉をよく聞くけれど、相続とはどんな関係があるの?

少し前までは「成年後見制度」という言葉をよく耳にしました。最近は「家族信託」という言葉をよく聞きます。どちらも社会の高齢化の中で必要とされて制定された制度です。それぞれどんな特徴があるのか見ていきましょう。

この記事の筆者

江原 順子

相続コンサルタント・相続診断士

子育てをしながら配偶者の母親の介護を経験。配偶者の両親の相続を続けて経験した後、自身の父親の相続を経験。その際、専門家に頼らず全て自分自身で相続手続きを行い、手続きの煩雑さと専門用語や法律の難解さに四苦八苦した事から、相続診断士資格を取得。

相続に関して早く備える事の大切さに気付くと同時に40代50代の相続に対する関心の薄さに危機感を感じて起業。相続を受け取る側の立場にて必要な知識やサービスを提供している。「寄り添う」というスタンスでの相続コンサルティングには定評がある。

高齢化に伴う問題を解決するために

ご存知のように、この15年で日本社会の高齢化はさらに進みました(令和3年度の65歳以上の人口割合は29.1%・総務省調べ)。また、銀行等金融機関のコンプライアンスの強化に伴い、預金出金時の本人確認が厳しくなり、高齢で認知症に罹患した親の介護費を子供が親の口座から降ろすことが難しくなりました。

成年後見制度

認知症の親の口座からどうしても介護費を引き出したい場合のために成年後見制度が考えられました。成年後見制度とは、家庭裁判所が決定した後見人が判断能力が低下した方の財産の維持管理や身上監護をする制度です。

本人が健康で認知能力が十分な場合は「任意後見人」を指定・契約することができます。成年後見人となるのには特別な資格はありません。一方、本人の判断能力が低下した場合、親族等が申し立てをして「法定後見人」を家庭裁判所に選任してもらうことができます。この場合、弁護士や司法書士等の専門職が後見人として選任されることが多いです。

任意後見人制度を利用するのならば親族で何とかなりそうな感じもしますが、裁判所の監督や見ず知らずの専門家の関与や本人の財産の利用方法の制限がされてしまうために、実際には本人や親族にとっては非常に使いづらい制度となっております。また、専門家の関与によるということは必然的に専門家報酬の負担も発生するため、経済的にも利用者を圧迫する構造があります。

法定後見人制度を利用する場合は上記に加えて毎月の報酬も発生する上、過去には悪い心を持った選任後見人が財産を騙し取ったという事例も発生しています。

家族信託

家族信託は、その名の通り、家族に財産の管理を任せる制度です。本人が健康で認知能力が十分なうちに家族に財産の管理を任せる契約を結ぶことで、本人が元気な間は本人の意思で財産管理ができ、資産の運用や生前贈与、相続税対策もできますし、本人の判断能力が低下した後は家族が本人の意向に沿った財産の管理を引き続き行えます。

制度といってもその構造は当事者間の契約行為に過ぎず、財産を任せる側(高齢の親)と任される側(子)が信託の契約をするだけで簡単に効力を発生させることが可能です。また、契約の内容は原則自由ですので、成年後見制度のように財産の利用方法に制限が加えられてしまうようなこともありません。当然、裁判所の監督もなければ見ず知らずの専門家の関与もありません。

しかしながら、本人と受託者の二者のみで契約書を作成した場合、自筆証書遺言同様、信憑性や相続人が複数いる場合の不平等などの問題が発生してしまうことが考えられます。トラブルを避けるための手段のはずが別のトラブルを招いてしまっては元も子もありません。

信託契約書を作成する際は、全ての財産を明らかにし、本人と受託者、兄弟姉妹などすべての相続人の了承を得ることが望ましいです。

家族信託の意義

家族信託を利用する理由として最も多いのは委託者の認知症対策です。認知症を患い、物事を判断することができなくなってしまうと、その方は法律的な行為が一切できなくなってしまいます。例えば、不動産の売買契約や賃貸借契約などが不可能となります。また、銀行口座からのお金の出金なども、認知症が進み、自ら意思表示ができなくなった時点で、後見制度を利用しなければできなくなってしまいます。

後見人制度のデメリット

後見制度を利用すると、裁判所の監督や見ず知らずの専門家の関与、専門家に対する報酬の支払いの発生、本人の財産の利用方法の制限など、余計なおまけがたくさんついてきてしまいます。さらに、後見は一度開始してしまうと本人が死亡するまでやめることができません。後見人報酬は安くても月額2~3万円といわれていますので、本人が亡くなるまでこの支払いが続くとすれば、支払いの合計金額は相当高額になってしまうことも考えられます。

後見人制度のデメリットを解決する家族信託

後見人制度のデメリットを回避するために利用されているのが家族信託です。家族信託によって、親から子へ不動産の名義や預金を移動しておけば、親が認知症になってしまったとしても、受託者である子の意思で不動産の売却や賃貸ができます。また銀行の手続も、元気な受託者であれば何の問題もなく行うことが可能です。

家族信託であれば、裁判所や第三者である専門家の関与はなく、後見人報酬が発生してしまうこともありません。後見制度が抱える問題を一掃できると言っても過言ではないのが家族信託です。

さいごに 

高齢者の法的サポートという、従来成年後見制度の利用の目的とされていた部分を、裁判所の関与、専門家の関与、財産の利用制限という成年後見制度において問題とされていた部分を排除した形で実現できるのが家族信託です。近年、家族信託の利用者数が伸びているのも納得ですね。

残念ながら、ご高齢の家族が認知症になったので専門機関に入院しようとしたが、不動産を売ったり貯蓄を下ろしたりといった手続きができなくて金銭面の工面ができずに叶わなかった、という事例が後をたちません。

親世代が元気なうちに家族信託の契約を交わしておくことで、将来の不安が軽減されますよ。